(前編)魔法の蝕み※こちらの作品にはやむを得ず、稚拙な表現ながらも一部グロテスクなところがございます。ご注意ください。そういうものが駄目な方は閲覧をご遠慮しないことをお勧めします。R指定レベルだと思ってください。私は霧雨魔理沙。ごく普通の魔法使い。弾幕は火力、がモットーだ。 本日のお昼ご飯は麦飯に味噌汁、昨日釣った魚の燻製。おかずは塩加減を良くできたのでご飯によく合い、美味しかった。 外の天気は快晴。気持ちの良い春晴れ。本を干すのにも、もってこいである。 今日は出かけよう。霊夢の家へ遊びに。新しいスペルカードを見せてやるんだ。 まだ名前は付けてないが、きっと霊夢は驚くはずだ。これで負け続けを帳消しにしてやる。 手早く服装を整えると、家を飛び出した。 暖かいと精一杯働くものが出てくるが、がんばりすぎて邪魔な春告精も出てくるというもの。 邪魔なのでぶっ飛んでもらった。霊夢とやりあう前の、いい運動になった。 今日は魔法の調子がすこぶる良い。何か特別な魔法を自分にかけたつもりは無いが、体中に魔力が溢れる。 博麗神社に着くと、いつものように霊夢は縁側に腰掛けてお茶を啜っていた。相変わらず、仕事をしない奴だ。 「よっ、霊夢」 「あら、魔理沙。お茶が欲しいのなら自分で淹れなさいよ」 「言われなくても勝手に淹れるぜ」 そしていつものように緑茶を飲ませてもらう。お茶請けは無かったが、お茶は上手い。 「一人でお茶するなんて寂しいじゃないか。待ってくれても良かったんじゃないか?」 「いつ来るかわからないんだから、待ってる間に漬物が出来上がっちゃうわ」 「それもそうだぜ」 「でしょ」 二人して、お茶を啜る。境内の春景色を眺めているといえば風流だが、何もせずお茶を飲んでいるだけでは怠け者といわれてもしょうがないかもしれない。 霊夢はというと頭の中も春なのか、うとうとしかかっている。暢気な奴だ。 「霊夢、目覚め替わりにちょっと遊ぼうぜ」 「あー、ごめん今日はパス。あまり体の調子が良くないの」 「そ、そうか。それは仕方ないな。じゃあいいぜ」 「ん。随分素直ね」 「そうか? 無理に引っ張りまわして体壊されたら遊べなくなるからな」 「また今度ね。さてと、ちょっとお布団で横になるわ」 「そんなに体調崩してたのか。来て悪かったな」 「別に、いいわよ。暇だったから、ちょっと嬉しかったわ」 霊夢は湯のみをお盆に置くと、畳の間に用意した布団で寝転がりはじめる。 「来てくれたところ悪いけど、適当に遊んでてちょうだい」 「おう、適当にお茶を飲んだら今日は帰るぜ。大事にな」 「……ありがとう」 霊夢はそう呟くと眠ってしまったのか、それ以上喋らなくなった。 お茶を飲み干す。静寂。暇になった。何となく、霊夢の寝顔を覗いた。 少女が無防備に寝転がっているというのは、何かしら後ろめたい気持ちを連想させる。 「……魔理沙、何のつもり?」 「起きてたのか」 「寝てたら何かしてた?」 「とんでもない。寝顔を見てみたくなっただけだぜ」 「そ。おやすみ……」 寝返りを打ってうずくまる霊夢。恥ずかしかったようである。可愛い奴だ。 さて、どうしたものか。お天道様はまだ頭の上である。ここを出て、アリスの家にでも遊びに行こうか。 夢の中へ行った霊夢を振り返る。そのとき。腹の底にずしりと重たいものが乗っかった。 全身の神経が麻痺したように、痺れて動けなくなる。そして、頭の中に囁く声が聞こえた。 『人間って、どんな味なんだろうな』 それは、限りなく自分の声に近いものだった。 体は言うことを利かない。いや、むしろ誰かに自分を乗っ取られているみたいだった。 その証拠に、体は勝手に動く。霊夢に近づき、八卦炉を構えている自分。 何をするつもりだ。霊夢に何をするんだ。やめろやめろやめろ霊夢にそんなことしたくない。 声は出てくれない。喋る自由さえも奪われているのか。 少しずつ八卦炉が熱を持ち始める。逃げろ霊夢、気付いてくれ。 思い切って心の中で叫んだ。全身の枷が外れたのか、自由が戻る。私はその場に崩れた。 頭の中で響いた言葉を反芻する。何が人間の味だ。知ったことか。 今強がっても、ついさっきまでは恐怖に怯えてて、自分を止めるのに精一杯だったことを思い出して恥ずかしくなる。 顔中脂汗が滴り、酷く喉が渇いていた。だが、疲れは感じなかった。むしろ、体を動かしたくて燻っている感じ。 「……まり、さ? どうしたの?」 隣の霊夢を起こしてしまったのか。目をこすりながら、そう訊かれた。 「い、いいや。気付かなかったのならいい。もう帰るぜ」 逃げるように、その場から飛んで行った。 さっきのは何だったんだ。人を遠隔操作する魔法にでもかかったのか? そう思って、アリスを思い浮かべた。でも彼女は人形を操ることはできても、生きた人間は操れないはず。 仮にアリスが人を操れるようになったとしても、彼女に霊夢を殺そうとするなんて想像できない。動機がないはず。 それを確かめるためにも、アリスの館へ行こう。 しかし、先ほどから変だ。体中に魔力が溢れている。それはもう放出しないと爆発してしまうのではと、心配するほど。 今魔砲をぶっぱなしたら、どうなるだろう。山さえ消し飛ばしてしまうのだろうか。 そんなことを思っていると、またもや春告精が現れた。健気な奴である。 丁度いい、実験になってもらおう。挨拶替わりの弾幕を避けながら、八卦炉に魔力をこめて。放射。 マスタースパークは想像を絶する火力だった。リリーを撃墜することなく貫き、熱線の熱量で溶かしつくした。消滅。 今の自分が怖くなった。もしも、この火力を人に向けたら? 妖怪に撃ったら? さっき、霊夢に放っていたら? 私は形振り構わず、自分の家に帰った。 アリスの家に行くのは明日にしよう。うん、明日でも構わない。 今はこの押さえ切れない力をどうにかして抑制するんだ。 捨食の魔法で魔力はご飯の替わりにしよう。それが健全な使い方だ。 お茶を作って、その間に整理しよう。どうして今日の自分が変なのか。 朝起きたときは何も変わり無かった。強いて言うなら目覚めが良かったことぐらい。 魔力が強くなりだしたのは今日初めて春告精を倒したときから。 その後霊夢のところへ行き、大変なことになったのだ。 体の自由を失い、私は霊夢を殺そうとした。頭の中でこだました自分の声を真似た奴の言葉を思い出す。 あの声は真似たものじゃない。間違いなく自分のものだった。 妖精に化かされたのだろうか。そう思うと、ものすごく心が安らいだ。現実逃避できるから。 出来立てのお茶を飲むと、少しは落ち着いた。 今日はもう外に出ないことにしよう。引きこもろう。 留まることを知らない魔力の膨張を忘れるために、ベッドに寝転がった。 目が覚める。お日様が昇り始めていた。 寝すぎたのか、気分が重たい。それでも、体の方は元気だ。 静まることを知らない魔力が肉体にエネルギーを注いでいるから。 昨日だけ元気というわけではないらしい。これからずっと元気だったらどうしよう。 ご飯を食べなくてもいい体になるが、ご飯を食べられないじゃないか。 お湯を浴びて体を流した。見た目には変わったところはない。 模様のような傷があるわけでもなく、何か魔法陣が彫られているわけでもない様である。 誰かにまじないでもかけられたかと思ったが、そんなことはないみたいだ。 服を着て、早速人形遣いにして魔法使いのアリスの館へ向かった。 「アリス、開けてくれ。私だ」 扉をノック。アリスが魔法の糸で操る人形が出迎え、彼女のいる部屋まで通された。 相変わらず、家中に人形が飛び交って忙しそうだ。 それにしても客を迎えるぐらい人形にやらせるなよと、思った。 「アリス、入るぜ」 案内されるがままアリスのいる部屋へ。 新しい人形を作っている最中なのか、そこには縫い物をしているアリスがいた。 私なんかよりずっと綺麗そうな金髪が、眩しい。 「おはよう、魔理沙。朝からどうしたの」 作業を止めて振り向いたアリスが、私に気持ち悪いものを見る目を向けた。 「なんなの、その体中からだだ漏れの魔力は」 「昨日から元気過ぎて困ってるんだぜ」 「ちょっとそれ、抑えてよ。人形に影響が出そうでなんか嫌」 そう言って彼女はこの部屋にいる人形達の動きを止めた。 「これでも捨食の魔法で抑えてる方なんだ」 「……なんだか気持ち悪い。人間の魔法使いとは思えないわ」 「なんだって?」 「今のあなた、妖怪側の魔法使いみたいだって言ったの」 「冗談はよしてくれ」 「一体どんな魔法を使ったのよ。わたしにもそれ欲しいわ」 目を輝かせてそう言った。こっちとしては気味が悪いから、捨てたい程だ。 「何もしてないんだって」 「ふうん。で、今日はそのことを言いに来たの?」 「そうだ。何か知ってることでもと思って」 彼女は机の上に置いている魔道書を開き、調べ物をはじめた。何か心当たりになることでもあるのだろうか。 椅子を勧められたので、座らせてもらった。 本棚にある適当な本を手に取るが、暗号がこめられた文章だらけでとてもすぐに読めるものではなかった。 自分の研究を他人に知られないようにする工夫だろう。 おもしろそうなので、失敬しよう。 「勝手に持っていかないでよ」 本の項を操りながらのアリスからお咎めの声。本は帽子の中へ隠した。 「だめ、わからない」 溜息をついて、本を投げたアリス。 彼女が音を上げるのだから、アリスが私を操ったという可能性はなくなったということだろうか。 「パチュリーにでも聞いてみれば? 彼女の方が魔法使い歴長そうだし」 「そうするぜ」 「……ところで、その魔力。いらないっていうならわたしに頂戴よ」 「嫌だぜ」 「けちね」 「お互い様だぜ」 妖怪側の魔法使いであるアリスでわからないなら、パチュリーに聞くしかないか。 本を見にいくついでに話をしてみよう。 「邪魔したな」 「別に。まあ、人を襲ったりしないようにね」 「おいおい、そんなこと言うなよ」 昨日のことを思い出した。体の自由を奪われたこと。霊夢を襲おうとしたこと。 「冗談よ」 このことでからかわないで欲しいと思った。アリスには話していないが、昨日はあんなことがあったんだから。 じゃあ、そろそろ行くぜ。そう挨拶しようとして、口が動かなかった。 あれ? おかしいな? 声が出せない。 「魔理沙、どうかしたの?」 アリスが私の顔を覗き込む。返事ができなかった。 「ちょっと、魔理沙?」 まただ。体中が痺れる。頭が重たい。気分が悪い。お腹が重い。 「大丈夫? 具合でも悪いの?」 そしてまた。頭の中に響く自分の声。 『魔女の体、食べたら美味しそうだよな』 体を操られた私は、アリスに飛び掛った。彼女の首を両手でしめつける。 アリスが口をパクパクさせている。人形を操る余裕さえないのか、非力な腕で私を殴りつけて邪魔をしてくれる。 酷く苦しそうだ。止めてくれ。アリスにこんなことしたくない。 頭の中に、肉へかぶりつくイメージが浮かび上がった。 それはアリスの体を食べる自分を連想させた。より、気持ちが悪くなった。 自分の声は出ない。自分の手の力を弱めることさえできない。とうとう、アリスは白目をむき始める。 こんなことしたくない。したくない、したくない、したくない。したくないんだ! 「いやだ!」 自分の口から声が出た。直後、体に自由が戻る。すぐにアリスの首から手を離した。 彼女は私を蹴り飛ばす。直後、刃物を構えた人形に包囲された。 「げほっ……な、何をするのよ、魔理沙……ううっ」 「ま、待ってくれ! 今のは私がしたくてやったことじゃないんだ!」 アリスが息を整えながら、私を見つめる。私は真っ直ぐ見つめ返した。 「嘘じゃないみたいね、と信じてあげてようかしら? いいや……」 「この際だから話すぜ。昨日神社へ行ったときのことだ」 「霊夢を襲ったの?」 「いや、その場はなんとか治まったぜ」 「……そう。何があったのか話してよ。力になれるとは思えないけど」 「体が言うことを利かなくなるんだ。そして聞こえるんだ」 「何が?」 「自分の声だ。私の声で、人を食べたら美味しそうだとか、聞こえるんだ」 「……」 「どうにかなりそうなんだ。いっそ、ここで殺してくれ」 「しっかりしなさい。そんなこと言わないの」 人形が離れていった。アリスが手を差し伸べる。その手を取って、起こしてもらった。 「魔理沙が言ったこと、信じてあげるから」 「アリス……」 「それで、どうするの? パチュリーのところへ行くの?」 「ああ。悩んでも、仕方ないからな」 「誰も襲わないようにね」 「勿論だ」 あの声の奴になんか、屈してたまるか。 アリスにお茶を勧められたが、断った。ぐずぐずしていられないから。 家を出て、箒に跨る。心配してくれているのか、家の外までついてきてくれた。 「いい事教えてあげるわ、魔理沙」 「なんだ?」 「人体を使う実験って、すごく興味深いものなのよ」 「そんなこと言うなよ」 ちょっとでも興味を持ってしまったじゃないか。 「じゃあ、気をつけてね」 「おう」 「ああ、それと」 「まだ何かあるのか?」 「本は置いていきなさいよ」 さよならを言って、その場を後にした。 紅魔館へ。門番はいつものように魔砲で吹き飛んでもらった。ただ、極力手加減して。 泣き言が聞こえてきたから生きてはいるだろう。手加減しなかったらどうなるだろう。 いや、考えるのはよそう。 地下図書館へ。小悪魔へ挨拶をし、すぐにパチュリーの元へ向かった。 「パチュリー、話があるんだ。挨拶抜きで」 目的の彼女は椅子に深く腰掛け、湯気の立つ紅茶を傍に飾って優雅に読書を楽しんでいる最中であった。 今日のパチュリーはとても不機嫌なようだった。 喘息の調子でも悪いのだろうか。それとも、邪魔をしたせいか。 「どうしたの、魔理沙。物凄く元気そうで体中みなぎってるじゃない」 パチュリーもすぐに気付く。私の異常な魔力の出力に。 「みなぎりすぎて助けて欲しいんだぜ」 「その元気、ちょうだいよ」 「嫌だぜ。今日は本を借りにきたわけじゃなく、この原因を知りたくて来たんだ」 「そんなことを言われてもねえ。わたしだって暇じゃないのよ」 「頼むよ、本返すからさ」 「全部返してくれる?」 「……少しずつ」 「帰ってちょうだい」 「わかった、全部返すから! 頼む、相談に乗ってくれ」 「……しょうがないわね。で、どういうことよ」 パチュリーに昨日からさっきまでのことを話した。 霊夢を殺そうとし、アリスを襲ったところまで。 パチュリーは考え事をはじめ、何も言わなくなった。 勝手に椅子に座らせてもらい、彼女の返答を待つ。 小悪魔に淹れてもらったお茶を飲んで、さっきアリスから借りた本を読んで待った。 「……アリスは、何て言ったの?」 ようやく口を動かしたパチュリー。それは何かを確認するような言葉。 「私が人間でなく、妖怪側の魔法使いになるかもだってさ」 「そう……」 「な、なんだよ。そこで止まるなよ……」 「魔理沙、人間を食べてみたいと思ったことは?」 「悪い冗談だぜ。私は白いご飯が好きなんだ」 「人間の体を魔法の実験に使いたいって思ったこと、ある?」 「そんな夢見の悪いことできないぜ」 パチュリーはお茶を啜り、本を開きながら考え事をし始める。 この沈黙が、酷く嫌なものに感じた。 お茶を飲んだり本の解読に勤しんで間を濁すが、居心地のいいものではなかった。 ふと思う。頭の中にいつも話しかけてくるのだから、こちらから話しかけてみてはどうなるだろう。 試しに話しかけてみる。が、反応はなかった。 パチュリーが本を閉じ、もう一度お茶を飲む。 「魔理沙」 「なんだ?」 「初めて見たときから思ってたの。あなたは人間の魔法使いにしては、能力が高すぎるって」 「ありすぎると困るのか?」 「将来、妖の存在に変化することも不思議じゃない」 「……」 「でもそれは魔理沙次第だと思う」 「そ、そうか……」 「ところで、魔理沙は人の肉体を使った魔法、魔術についてはどれぐらい知ってるの?」 「勘弁してくれ。魔法の材料を集めるために人さらいなんて出来ないぜ」 パチュリーは私の反応が楽しいのか、含み笑いを見せ付ける。いやらしい奴だ。 「それなら、直にその衝動みたいなの。無くなっていくと思うわ」 「そうか、安心したぜ。私にはカリバリズムの習慣なんてないからな」 「じゃあもう用事済んだんだから、帰ってよ」 「おいおい、礼ぐらい言わせて欲しいぜ」 「本を返してもらってから、ゆっくり聞かせて」 「おっと、それを忘れてた」 「でしょう?」 「すたこらさっさだぜ」 「待ちなさい!」 素直に本を返すつもりなんてはじめからなかった。飽きたら、返してやろうとは思うが。 火球をばら撒くパチュリー。箒にまたがって飛び、それを避けながら本を数冊失敬する。 私は図書館を後にした。 家に向かう。途中、氷精に会ったがマスタースパークで炭になってもらった。 妖精が相手だから容赦はいらないが、これが人間相手になっていたらと思うとやはり自分が怖くなる。 帰宅。アリスとパチュリーから借りた本を適当なところへ置くと、休憩ついでにお茶を淹れた。 今日も食事は取らなくても済みそうである。これはこれで便利かもしれないが、たまにはお吸い物でご飯を食べたいと思った。 明日は香霖堂へ行って頼んでおいた薬草と、硬いものを砕いて粉にする器具を買い入れ、もといもらいにいかないと。 大丈夫だ魔理沙。私は人間。人間の魔法使い。決して妖怪ではない。妖怪の自分に操られたり、言いなりになんてならない。 出来立ての粗茶を冷ましながら、味わう。いつもの温度。いつもの香り。いつもの味。お茶を楽しめる私は人間であると確認する。妖怪もお茶を飲んではいるが。 お風呂に入って体を流し、寝巻きに着替えて布団に。 パチュリーのところへ行ったときにあの声が聞こえなくて良かったと少し安心した。 たとえ明日、またあの声が聞こえてもすぐに打ち勝ってみせる。そうしていけば、聞こえなくなるはずだ。 もしそうなったら、この溢れる魔力は衰退して前のように戻るのだろうか。危なくなくなるが、少し残念に思う。 意識は、夢の中へ。 起床。今朝の天気はあまり良いとはいえない、曇った空だった。 体一杯に充満している魔力にはもう慣れた。そのエネルギーで頭を回転させ、栄養分に換えた。朝食は必要ない。 念のために雨合羽を用意して、香霖堂へ。 有り余る魔力を原動力に空を飛んでみると、あまりにも速すぎて箒から落ちそうになったのはこの際秘密である。 ただ、制御できずに店に突っ込んでしまったのは隠しようがなかった。 大した怪我はしなかったが売り物にぶつかり、壊してしまったらしい。 香霖が慌てて出てきたが、弁償してやると言うと安心した。いつか払ってあげてもいいだろう。 「魔理沙、怪我はないのかい?」 「おう。鼻っぱしが痛いが、鼻血も出てないし大丈夫だぜ」 「それはよかった」 店の中へ入れてもらい、頼んでおいたものを受け取る。確かに、言っておいたものだ。 「それでお代は?」 「勿論、ツケだ」 「……わかっていたさ。お茶でも飲むかい?」 「遠慮することなく頂くぜ」 諦めたような表情で溜息をついた香霖は奥へ。お茶が入るまで道具の説明書でも見て時間を潰すことにした。 この硬いものを砕く器具は、動物の角や骨なんかを煎ずるためのものだ。これで、新しい魔法の開発に選択肢が増える。 この器具で研究に没頭でもすれば、誰かに会うこともなくなるだろうし。そうなれば人を襲ってしまう心配も無くなる。 いいことずくめだ。 ちなみに薬草は怪我や病気を治すためではなく、八卦炉の新しい燃料にならないかと思って取り寄せたもの。 マスタースパークの火力を上げるつもりなのだが、有り余る魔力のおかげで材料うんぬんの理論が壊れた気がした。 お盆を持った香霖がやってくる。 「冷たいお茶だけど、いいかい?」 「全然大丈夫だぜ」 お茶を受け取って、胃に流し込んだ。よく冷えていて、喉越しは最高だった。 その時である。例の声が聞こえてきたのだ。 『締まった男の肉体って美味しそうだよな』と。 私は体の自由を奪われる前に、自分の頭へたくさんの言葉を送りつけた。 お前の言いなりになんかならないぞ。引っ込んでいろ。出てくるな。今すぐ私の中から出て行け。消えちまえ。 効果があったのか、肉体をのっとられることは無かった。ただ、全身の痺れだけは止められなかった。 「どうかしたのかい、魔理沙」 香霖が私を呼ぶ。悟られたくないと思った。今の自分がどんな風になっているのか。 「悪い、今日は調子が悪いんだ。もう帰るぜ」 言葉も発することが出来た。やはり今は乗っ取られていない。 私は痺れに我慢しつつ、荷物を抱えて香霖堂を後にした。 香霖が何か叫んだが、お構いなし。抑えられないほど暴れないうちに、人がいないところまで逃げてしまえば勝ちだ。 幸いなことに、帰り道で誰かに会うことはなかった。 自分の住処に辿りつく。とりあえずは安心だ。 だが、痺れがまだ取れていない。まだ私の中に喋りかける者がいるという証拠。 私は扉に鍵をかけ、布団をかぶった。 さっきは香霖の前で声に打ち破ったが、今はその反動で強烈な力で抑えられるんじゃないかと不安で一杯。 体中に悪寒が走る。頭が重たい。痛い。いやだ、あの声が聞こえてきそうだ。 『どうして、逃げたんだ。あんなひ弱そうなやつ、簡単に倒せただろう魔理沙』 また聞こえてきた。落ち着け、魔理沙。こんな奴の言うことなんて聞かないぞ。追い返してやるんだ。 「黙れ! 喋るな! 私の中から出ていけ!」 『そんなこと言うなよ、魔理沙』 「うるさい! お前は何者なんだ! 魔理沙は、霧雨魔理沙は私の方だ!」 頭の中に、鏡の前の自分と喋っているイメージが交錯する。 そして思い出す。アリスとパチュリーの言葉を。 私が、妖怪側の魔法使いになってしまうかもしれないということを。 『そうだ、私は妖怪の魔理沙だぜ』 「ふざけるな! 私は人間だ! 人間の魔法使いなんだ! 早く消えちまえ!」 『そう言うなよ。随分強がって、本当は私に体を取られるのが怖いんだろ?』 そういわれて、私が体を抱えて震えていることに気付いた。 口がガタガタと音を立たてている。唾を飲み込むことなど忘れ、ベッドシーツを汚し放題。 「ち、違う! 怖くなんか、怖くなんか……!」 『素直になれよ、魔理沙。そして理解すべきなんだ、お前はもう人間でいられないことを』 「お前が出て行けば済むことだろう! くそう、目の前にいれば吹っ飛ばしてやるのに……」 『やめときな。私とお前は同じなんだ。自分に八卦炉を向けるってことなんだぜ』 全身の痺れが強くなる。体の自由に影響が出始めている証拠。 『私に任せてみろよ。人間を殺し、熱の魔法でこんがり焼いた肉にしてやるからさ』 「そんなことさせるか! お前を焼き潰してやる!」 右手が独りでに震え始める。すると、その右手が私の首根っこを掴んだ。その手は言うことが聞かなかった。 「あっが! や、やめ……」 『いい加減諦めちまえよ。私に逆らえないって』 息が苦しい。女の子な自分とは思えない握力で締め付ける。首の血管を押し潰されて、顔が熱い。血が上ったままなのだろう。 それでも、左手で右手を掴む。どんな圧力にも屈するつもりはないから。 右手を引き剥がす。がんばれ魔理沙。自分に負けるはずがない。 『無駄な抵抗はよすんだ魔理沙。私を受け入れろ』 「絶対に……嫌だ!」 怪力なんかに負けていられない。左手に魔力をこめ、それを原動力に右手をベッドに押し付けた。 今、奴はこの右手にいるんだ。私は呼吸を整えながらも、魔よけの呪文を思い浮かべる。 「私の中からいなくなれ、妖怪が!」 追い討ちといわんばかりに、握りこぶしを右手に打ち下ろす。 痛かった。痛かったが、痺れや頭の痛みが引いた。 勝った。奴は出て行った。追い出せたのだ。消えてくれたのだ。 あんまり嬉しくなったので、いつも飲まない茶葉を使って茶を淹れた。祝福だ。 折角なので今夜はシチューでも作ろう。そうしよう。うんと美味しいものを作って、お祝いだ。 しかし、不思議なことに魔力の衰退は見えない。まあ、そのうち戻るだろう。 今夜は嫌なことを忘れて、満喫しよう。 ~(後編)魔法の蝕み~ へ続く ジャンル別一覧
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